「もう一歩踏み込んだ対応」を求めて、三重で動いているコンサルタントに会いに行った
世界トップシェアを誇るエアコン用の冷凍機油原料をはじめ、独自の技術で生み出す化学製品により躍進を続けている化学企業、KHネオケム株式会社。その発祥は四日市市で、コンビナートに広大なプラントを抱える。設備部門で管理職を務める鈴木信吾さんは、アーリー・バード・エージェント(以下「EBA」)を利用して単身赴任から元の生活拠点だった東海地方へ、念願のUターンを成功させた。
専門性を磨きつつ徐々に変化したキャリア、業界特性を踏まえた転職のタイミング選定、譲れないことと譲れることを明確にした希望条件、現地で動くコンサルタントとの細かな意思疎通など、40代での転職を成功に導くヒントが満載のインタビューとなった。

<プロフィール>
鈴木 信吾 様
KHネオケム株式会社
プラントの計装・電気設備の保全と人材マネジメント
1978年生まれ
静岡県出身
担当コンサルタント:木下、清原
場所:KHネオケム株式会社四日市工場
◆ 大分へ単身赴任となり、2度目の転職を志す
――今回で2度目の転職とお聞きしています。まずはその経緯を教えてください。
鈴木
新卒で入社したのは地元の静岡県のメーカーで、自動車向けの部品を製造していました。最初は鋳造したアルミニウム合金の切削加工をする部門で働いていました。ラインの作業側だったのがラインを管理する側に回るようになり、マシンを何台使用してどんな工程で削るとか、いわゆるスタッフ業務をするようになりました。
――他にも新しく導入した装置の活用など、活躍されたそうですね。そちらで7年半働かれて、最初の転職をされたわけですが、そのときの転職の理由は?
鈴木
自動車会社への転職を目指したんですが失敗して、次を探しているときに、昔、アルバイトをしたガソリンスタンドの看板でなじみがあった会社が、設備保全の業種で募集していたので、受けてみたんです。
――石油元売りのエネルギー会社ですね。工場で部品の設計や製造をする機械系から、大きなプラントの設備保全へ、専門分野が変わるキャリアの転機にもなったのでは?
鈴木
そうですね。入社を決める時点で全く違うことをやる決断をして、入社後は設備保全の中の計装の部署への配属となりました。
――製油プラントは全国各地にあると思いますが、どこに配属されたのですか?
鈴木
茨城県で1年半くらいの下積みをしてから、当初から希望を出していた愛知県のプラントに転勤がかないました。その頃は結婚した妻と社宅に入り、10年以上はそこで一緒に生活をしていました。
――しかし、その後、大分に転勤されたそうですね。
鈴木
愛知県のプラントの生産停止が決まって、そのタイミングで大分のプラントに転勤となりました。そちらの方でマネジメントの人材が不足していたので、そこをやれということでした。さすがに大分は遠いので、妻は実家がある三重県津市にアパートを借りて拠点を移しました。
――大分に単身赴任をされて、奥様とは別住まいになったということですね。
鈴木
私は静岡県の浜松市が出身で、こちら(東海地方)を生活拠点と考えていたのですが、仕事の拠点が愛知県にも三重県にもない状態で、そのまま会社にいたら出世をしても戻って来られる可能性はほとんどありませんでした。それがもう一度、転職を志す理由となりました。
――正式に転職を決意したのはいつ頃ですか?
鈴木
石油業界では4年に1度、大きな定期修理工事があるサイクルになっています。それを区切りに転勤辞令も出るので、4年後の2024年にある次の定期修理の終わりまではここで頑張ろうと。でも、4年後には動きたいと思いました。

◆ コンサルタントに「計装の方で三重に来たい」と伝えた
――では、いつ頃から2回目の転職活動を始めたのですか?
鈴木
実際に情報収集をしたのは2024年の年初くらいですね。9月頃に定期修理が区切りとなる見通しで、それまでは10くらいの転職サイトに登録して情報収集をしました。でも、飛んでくるスカウトメールを見ているくらいで、あまり動けてはいなかったのが実際のところです。そんな中でEBAさんとつながり、最初のウェブ面談をしたのが9月でした。
――そのときに担当したコンサルタントが、ここに同席している木下さんと清原さんだったんですね。
木下
はい。最初に私が応じさせていただき、2回目のウェブ面談からはプラント系に詳しい清原も入りました。
――それで具体的な相談が始まったのですか?
鈴木
実際にお会いして細かいニュアンスを伝えた方がいいなと思い、11月に三重県の松阪まで会いに行きましたね。
――どんなお話をしたのですか?
木下
鈴木さんは、「同じ業界でこれまでの経験を生かしたいけど、条件を絞りすぎると三重県では難しい印象だから広めに探したい」とおっしゃっていたと記憶しています。
鈴木
そうです。EBAさんから紹介いただいた求人の中にKHネオケムがあったんですが、電気の方での募集だったんですよね。私としては、「できれば16年間やってきた計装の方で三重に来たい」という希望を、木下さんから伝えてもらいました。木下さんからは「ちょっと交渉します」というお返事でしたね。
木下 ええ。
――今日はその交渉相手となったKHネオケムの人事のご担当にも、同席いただいています。裏側をお聞きすると、ちょうど計装と電気の部署のマネジメントをしていた方が退職予定となったこともあり、当初の求人とは違う管理職のポストにシフトして、前の職場でリーダーポジションだった鈴木さんを面接する流れになったのだそうですね。
鈴木
一次面接で四日市工場長から設備保全の説明を受けると、当時いた会社とほとんど一緒の仕組みが導入されていました。今までの知識や経験が生かせて役に立てる部分がかなりありそうだなと感じました。実はそのとき他の会社の選考と並行していたのですが、この説明で、こちらの方への入社に前向きな気持ちになりました。
――給与や福利厚生の条件については?
鈴木
まずは三重に来る希望を満たした上で、少しでも今までの知識や経験が役に立てばいい。それがかなうならたとえ給与が下がっても構わないと思ったんですよ。40代半ばの転職で別にそこまで給与にこだわる感覚はなかったんですよね。
――「条件を絞りすぎずに」が前提でしたね。その後の選考も滞りなく進んだのですか?
木下
はい。鈴木さんご自身がすごくしっかりと準備をされていたので。履歴書に並んでいた資格からも、これまでのご努力がうかがえました。
――お話しを振り返ると、30歳になってから機械系から設備保全に専門を変えて、勉強を重ねて資格の取得もしていた。転職に成功されたこともうなずけますね。
鈴木
EBAのコンサルタントと実際に会って、細かい話をして進められたことも大きかったと思います。最近は転職サイトでもウェブ面談を受けられますが、もう一歩踏み込んだ対応をしてもらいたくて。三重で実際に動いている方たちに、対面でお願いをしてよかったです。

◆ 新しい職場のマネジメントの課題と向き合う
――そして翌年に入社し、現在にいたるわけですね。計装というお仕事の中身は、一般にはあまり知られていないと思いますが、実際にはどんなことをされているのですか?
鈴木
プラントの設備というと大きなタワーやドラム、ポンプやコンプレッサーを思い浮かべると思いますが、それらは静機器、動機器と呼ばれ、同じ設備保全の部門でも別の部署の職域です。私の部署には、計測器でタンクや配管の中の圧力や温度、流量などを測定して制御する計装と、高電圧の電気を管理して各設備に安全に供給させる電気の2つのチームがあります。
――鈴木さんは計装のチームをマネジメントする管理職として入社されて、その後、電気のチームも束ねる立場に昇進されたそうですね。部下となった職場のメンバーはどんな構成ですか?
鈴木
メンバーは15人でベテランの方も同年代の方もいますが、20代が6人いて平均年齢は若い方だと思いますね。
――管理職としてその中に入って、どう感じていますか?
鈴木
役に立てている手応えはありますが、一方で壁に当たっている実感もあります。面接で聞いていた通り、やれることはたくさんありました。設備面の改善にはお金が掛かりますが、マネジメントの方は自分の手間さえ掛ければできるのですぐに動けます。
――職場の雰囲気やコミュニケーションも大事な要素ですよね。
鈴木
工場長を筆頭に距離感が近く、すごく働きやすい環境です。課内では若手の人たちが人材として育ってくれている感もあります。ただ、正直、まだまだきちんとコミュニケーションが取れているとは言えないので、これからですね。1on1ミーティングをもうちょっと増やすべきかと思っています。

◆ 職場の皆が喜んで、人の役に立つことが一番
――ここまで転職成功者としての鈴木さんにインタビューをしてきましたが、すでに企業側で人材を育てる立場でもあるんですよね。
鈴木
目下の課題は電気担当の育成です。そうは言っても人はすぐに育つものではないですし、世の中全体が人手不足で採用環境も厳しい状況です。そこは(リクルーターとしての)木下さんにも期待しています(笑)。
木下
頑張ります(笑)。
――転職や就職を目指す人に向けて、鈴木さんがキャリアを積まれてきた計装のお仕事の魅力を教えていただきたいです。
鈴木
計装は「プラントのドクター」みたいな役割です。計器の数値を見て内部の状態が良いか悪いか判断していく。世間にはあまり知られてはいませんが、良いプラントには必ず良いドクターがいます。無線やサイバーセキュリティーといった分野も見ることがありますし、日々新しい情報に触れてプラントに生かせることがないかを、自然に考えられる人に向いていると思います。
電気の方は、触れただけで危ない何万ボルトもの電圧を扱います。目に見えなくて難しい部分がある、100年に1回、万が一に起きる事故を想定して安全設計をしたりもする、深掘り型の仕事です。
――部署は同じでも全く違うタイプなんですね。やり甲斐の面ではいかがですか?
鈴木
まずは職場の皆が喜んでくれて、最終的に世の中の役に立つ製品が供給できればそれでいいと思います。せっかく一緒に働くのだから、みんなが楽しく生き生きと働きたいじゃないですか。
――自身としての今後の目標は?
鈴木
プラントとしては安全安定操業が第一ですので、操業に迷惑が掛からない状態にすることですね。一筋縄ではいきませんが。
――キャリアアップなどは?
鈴木
そういうのは興味ありませんね。ポジションを目指してきたわけではないので。いつか自分がいなくなっても工場が回るくらいになればいい。私としては、人の役に立つことが一番だと思っています。
――では、生活面で望むことはありますか?
鈴木
職場が近い方がいいかなと思って市内に家を借りました。四日市での生活は新鮮ですし、妻がいる津市には用事があればすぐに行けます。大分にいたときとは180度変わって、妻には「生き生きしている」と言われています。プライベートでこれ以上、望むことは今のところ見つかりません。まあ、強いて言えば「四日市と言えばこれ」というグルメを、とんてき以外で見つけて食べることかな(笑)。
――とんてき以外、ちょっとリサーチしてみましょうか(笑)。強いてあげた希望がそれであれば、本当に満足しているということですね。本日はありがとうございました。